私は秋冬になると、行動力がガタ落ちします。
去年の11月は、生きてるのがしんどすぎて公園で首を吊ろうとしました。
ジャージで吊ったから、やわらかくて、首、全然締まんなかったんですけどね。
11月とは言え、真夜中の公園は寒かったことを思い出します。
さて、10月に入りまして、秋に片足入りかけたかな、って感じの日々ですが、
やっぱり大学には行けなくありつつあり、
家で鬱々とする時間が増えてきました。
なんでこんなにつらいんだろうなあ、特に不幸な環境にいるわけでもないのに。
と、中学時代からかれこれ6,7年思い続けてきましたが、
つらいのはもう、基本設定として仕方ないのかもしれないな。
と思うようになってきました。
今ちょうど、
村上春樹著『約束された場所で ―underground 2』を読んでいるのですが、
地下鉄サリン事件が起こったころ、
オウム真理教に入信していた人たちの話をまとめたものでして。
まだ途中までしか読んでいないのだけど、
「現実の世界がつらかった。どうして自分が生きているのかと思った」
って語っている人ばっかりでね。
その人たちが救いを求めた先がオウム真理教で、
その頼った先が罪を犯してしまったのか、と思うと。
ああ、苦しみから解放されることなんてないんだな、
苦しみながら、自分で何とかやっていくしかないんだな、
って感じます。
苦しくてもつらくても、「仕方のないこと」だと割り切って、
文句を垂れながら生きていくことができれば、
それでもう大成功なんじゃないか、と思います。
それでもどうしてもだめだったら、自分で終わりにすればいい。
ただそれだけのことなのかもしれない、と思うと、
もう少し生きれるような気がしました。
コメント